2012/09/14

初めての上海

日本や香港支店からの電話でも、支店長が席を外している時だけ春利が出るよう合図された。中国人のスタッフは、春利と同じか春利より若く、張 虹(チャン ホン)を除いては片言の日本語しか出来なかった。現地の会社相手の電話は支店長の指示で張 虹(チャン ホン)がすべて受け持っていた。

日本語で届くファックスやメールは、支店長の指示を仰ぎながら春利が出来るものもあったが、電話が鳴るたびに、春利は早く中国語で対応できるようになりたいと気が急いた。支店長と張虹に同行して中国人が経営する会社を訪問することもあった。


上海に来てすでに1ヶ月になろうとしていた。
中山公園駅からすぐの公寓(アパート)に着いた春利は、手を洗い窓のカーテンを閉めて回った。午後10時になるところだった。15階の窓の向こうに同じような高層建造物のライトが目に入った。

名古屋のアパートに比べるとずいぶん広かった。2LDKだが、98㎡で月8500元だった。不安もあったが、手当が付いたので気持ちも少し大きくなった。

週2回、勤務後、中国語のレッスンを終え、会社に近いところにある中華料理店で食事をして帰ると10時を回ることもあった。来たばかりの時に支店長がいくつか店を案内してくれた。日本料理店もあったが、中華も嫌いではなかった。一食50元を目標にしていて、高くても80元(1000円)以内でと思っていたが、超えることもあった。中国語が出来なくてもメニューを指さし、済んだら料金を払えば良かった。

リビングルームのソファに腰を下ろした。この賃貸公寓には、春利が入居する前に必要最小限の家具が用意されていたので助かった。春利はベージュのソファがきらいではなかった。

来未に連絡しようと思った。

上海へ来て、春利が携帯から1度固定から2度電話し、来未から部屋の固定電話に2度電話が入った。日本との時差は中国が1時間遅れだった。

電話が長くなるので料金が気になりメールを入れてみることにした。向こうは夜の9時過ぎだから、風呂に入っているかもしれない。いずれにせよメールならと思った。

長めの文だとパソコンからの方が良いと思った。部屋を決めた日に不動産の人に連絡を取ってもらったが、パソコンの設定はすんだばかりだった。

風呂に湯をはりに立った。浴槽は春利がこの公寓に越してきてから寝室にしている奥のベッドのある部屋の側にもあったが、玄関そばにある方が洗い場も広いのでそちらを利用した。

戻ってきてメール画面を開いた。
うまく届くかな、と思いつつ頭に浮かんでくる思いを整理しながら入力した。


To Be Continued

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