2012/06/06

日産スタジアム

桑田は、以前来たときガードマンが立っていた大きなビルの横の歩道を歩いていた。腹は空いていたが、若いころのような空腹感とは違っていた。特に腰の辺が重く、食にありつくために一直線というのではなかった。
確かに腹は空いているが、体は思うように進まないしあきらめにも似た思いが身体の芯にあるようなだるさがあった。

車道を横切り、その歩道をまっすぐ駅の方に行けば目当ての飲食店があった。師走の最終日だと思わなければ、人通りが少ないだけだが、31日だと思い出すと、どこか落ち着かない思いに襲われた。

駅の方からライトバンがやってくるのが見える。後ろから、前に買い物かごが付いている自転車で首にスカーフをまいたスカート姿の若い女性が追い抜いて行った。

桑田は、父のこぐ自転車の荷台に乗り、尻が痛かったことを思い出した。その頃の自転車の荷台は正方形に近く、ガリガリに痩せていた桑田荘太の尻に金属の格子が食い込んだ。年末の買い出しに、父は学校に上がる前の荘太を乗せて行った。母は脳出血で臥していて息はしていたが会話は出来なかった。

荘太も父に言われ、母の寝床の尿瓶を手に取り、表の便所に捨てに行ったことを憶えている。何とも言えない鼻を突く臭いとともに。駄菓子屋で荘太の眼前で倒れてからというもの、その頃の母は一度も起き上がることはなく寝息を立てて横たわっているだけだった。

近寄ってはいけないと父や兄弟に言われた記憶はなかったが、ただ近寄らない方が良い存在として意識され、心の通った母としてではなく、近寄ってはならない怖い対象として8畳間の隅に横たわっていた。

あれが、父の自分への愛情だったのだ。げんこつをもらい、いくど泣いたことだろう。しかし、幼い末の息子を自転車に乗せて出歩いたということは、父の愛情だったのだろう。

いつもだと人通りの多い歩道だったが、さすがに店のシャッターも降りていて、人の姿もちらほらだった。

前方に年中無休の飲食店の看板が見えてきた。


To Be Continued

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