2012/04/24

新横浜駅前公園

ニット帽の男は金網の張られた新横浜少年野球場を左手に眺めながら歩いていたが、手前にトイレがあることに気づいてそちらへ向かった。

用を足し終わるとスタジアムへ行くのにはまっすぐ行くよりも左折してもう一つ向こうの通りを行った方が近いことに気づいた。誰もいない野球場の金網に沿って一つ向こうの通りまで歩いた。

12月の31日とあって隣りの車道を通る車の数もまばらだった。

ニット帽の男は鳥山川を渡る「浜鳥橋」という文字に目を向け、次に橋の前方の信号が青に変わったのが見えたので自分の吐く白い息に気づきながら歩調を速めた。

信号を渡り舗装された広いなだらかな坂をゆっくりと歩いていた。右手には「横浜労災病院」の大きな建物があり、左手には総合リハビリテーションセンターや総合保健医療センターの建物があるのだということが壁面の表示から分かった。

視線の前方左に巨大なスタジアムの円形の屋根がそびえたっている。

あのとき、野球だったかサッカーだったか何を見に来たのか覚えていなかったが、とても広いグラウンドが下の方にあり、大勢の人がいたこと、そして横にいたのは父だったことが漠然と記憶の奥の方にある。

このなだらかな坂を歩いて行ったとすれば東ゲートが近いのだが、どのゲートから出入りしたかもまったく思い出せない。

あのとき、どんなことを父と話したのだろう。どんなことでもいいから記憶がたどれたらと思うのだが、何一つ浮かんでは来なかった。


To Be Continued

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