2011/12/17

フロリダ

12月に入っていた。

その日午後のウォーキングの帰りに桑田荘太はドラッグストアに寄った。ほんとうはスーパーで魚やお惣菜を買いたかったが、銀行に預けてある貯金があと100万円ほどになっていることをネットで確認してからやばいと思った。

失業して2年。預金を切り崩す生活を余儀なくされていた。持病の糖尿病や頸椎症もだが、60を過ぎて応募しても特に資格や手に職がない桑田の場合無理だということが分かった。仮に見つかったとしても、自分を殺して合わない仕事をやることはもうしたくなかった。

となると、一切の贅沢はできない。ネットを利用してもっと本格的に稼げるようにならなければと思う。3万余りの年金では、住まいの管理費や光熱費それに医療費、ネットや電話代、医療保険と国民健康保険料と指をおりながら月の払いをカウントする。

ドラッグストアで買ってきた3個入りのうどんの袋を一つ取り出した。何かを作って食べることは桑田には苦にならなかった。

脳出血で臥したままの母は桑田が8歳の時に亡くなった。母が倒れたのは、荘太が5歳の時だった。母は荘太とすぐ上の兄を伴って近くの駄菓子屋へ行った。

倒れたのは店の土間で、兄弟の眼前で前のめりに崩れ落ちた。いくつかの駄菓子を注文している最中だった。店のおばさんは、小さな体に母を背負い坂道を桑田の家まで運んでくれた。

以後寝たきりで何もできなくなった母を思うと、学校に上がった荘太は、教室の窓から見える花壇を見るととても悲しくなった。家に帰っても迎えてくれる母がいない。どうして自分だけこうなんだろう。暗い気持ちを話す相手もいなかった。

その後、幼い荘太も男兄弟交代で米をとぎ、食事の支度を手伝うようになった。

フライパンで野菜を炒め、うどんをのせ卵をわった。
牛乳と高血糖対策の桑の葉茶でラジオを聴きながら夕食を済ませた。

片づけをおえて炬燵にあたろうと思った時、突然電話が鳴った。

聞き覚えのある女性の声だった。

「わたし、サト子です。桑田さん、今大丈夫?」

「ああ、砂田サト子さん・・」
砂田サト子とは、桑田が神学部の2年目に休学して千葉の身心障害者施設に働きに行ったときに出会った女性で、フロリダに住んでいた。

「そちらは、今何時ですか?」
「朝の6時半よ」



To Be Continued

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