2017/05/29

奇妙な会話音

春利がミナとラインで話してから、行ってみようと思い立ったのは12月に入ってからだった。

シャンハイから帰国して会社を辞め、学習塾を始めたばかりと違い、教材の使い方や小中学生の父兄との接し方も勝手が分かった。入塾時に一番問題を生じそうな難関中学受験を希望する生徒の父兄が問合せて来た時は、受験専門の塾に行くようにすすめた。高校受験であっても、対応しきれない高校を目指している場合は、他の専門塾に行くよう勧めたことが正解だった。

春利一人で対応できる範囲だったから生徒数も限定されたが、生活して行くのには困らなかった。シャンハイから戻った頃は、ネットビジネスや中国語の仕事も考えたが、思うに、来未が震災で亡くなったことをきっかけに、春利はまったく想定外の世界に踏み込んでいた。

中3補講を土曜にすませた春利は、その日の朝おにぎりを作り横浜から京急で汐入まで行った。ミナが神社巡りをしていると聞き、春利も行かれる範囲の神社へ行って見ようと思うようになった。諏訪大神社にしたのは、父の郷里の諏訪大社の分霊(勧請)で建てたということからだった。

駅を出て6分ほどで急な石段が見えてきた。息を切らせて二つの狛犬を目にした時、日本のリサーチャーが、あれは門番の狛犬等ではなくバビロニアのエンキとエンリルだと言っていたのを思い出した。

再度石段を上がり、諏訪大社を思い出しながら参拝して、樹木の多い境内をゆっくりと見て回った。1380年三浦貞宗が横須賀の鎮守として信州諏訪の上下諏訪明神を勧請した。・・

ふと気づくと、目の前に狐とガマガエルのような顔の石像が春利の方を見ている。御祭神は健御名方命( たけみなかたのみこと )・事代主命 ( ことしろぬしのみこと )他と書かれていたが、眼前のこれもほんとうは神様なんだろうと手を合わせた。

そうしていると、春利はそこが広い公園に通じていることを知り、樹木がいっぱいのそちらへといつの間にか足が向かっていた。

諏訪公園にはあちこちに石碑があった。砲弾で撃ち抜かれたようなゆがんだ銅版がたっている所を横目で追いながら一休みしようかとベンチを探した。それにしても、昼前とは言え、日曜なのに人がいないのが意外だった。歩き回っているせいか、12月なのに少しも寒くなかった。

が、次の瞬間、春利は寒いものが背筋を走った。数十メートル先の樹木の方から奇妙な音が聞こえてきたからだった。人の話し声とは違っていた。立ち止って耳を澄ますと、何かの信号のようでいて、ある種の会話のようでもあった。

To Be Continued

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