2011/09/26

奇跡

星が丘からアパートまで春利の足で8分ほどだった。

母・さなえと賃貸で暮らしていた横浜の3DKの公団と比べれば1DKは狭かったが、家賃のこともあるし一人で広いところに住むのもさみしいし、いつか結婚したらもう少し広いところへ越せば良いくらいに思った。

だが、大学の工学部を出て、現在の工業用シール剤・接着剤を扱う名古屋の会社へ就職して2年になろうとした時、母がとつぜん心臓病で亡くなった。春利は一人っ子だったが、小学校から大学までそれなりに友達もいた。兄弟はいなくてもそれが普通だと思って育ったから特に兄弟が欲しいとは思わなかった。

ただ、母が亡くなった時に父のことを思った。春利が5歳になったばかりの時に出て行ったという父のことは、母からではなく、母の妹から聞いた。小学校5年生のとき、叔母が春利の家に来て、春利の眼が桑田さんに似ていると母に言っているのを聞き、「父はいつまでここにいたの?」と春利が訊くと、母ではなく叔母のとし子が教えてくれたのだった。それまでは、小学校の低学年の頃には父はいなかったといった漠然としたものだった。

父の桑田荘太が神学部を卒業したということは、春利が高校生になり進路のことでさなえと話しているときに初めて聞いた。さなえは荘太と結婚する前から看護師をしていた。荘太より6歳年上の姉さん女房だった。荘太は身体があまり丈夫ではなかったが、何より稼ぐという意欲が希薄だった。職を転々として決まった収入がなかった。

母には直接訊けなかったが、父が家を出ていったのは、そのことでさなえから責められ居られなくなったのだろう、と春利はいつからか漠然と思うようになっていた。

納豆ごはんと味噌汁にコロッケで夕食をすませた春利は、神様がほんとうにいるとしたら、僕のことを分かっていてくれるのだろうか、とインスタントコーヒーをすすりながら考えた。


To Be Continued

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