2014/10/07

帰国

12月も残すところ後3日だった。土日は休みだが、31日の月曜は普通に仕事になる。新年は3日まで休みだから、年末年始に帰国して父と話そうかと思った。だが、2月いっぱいで仕事を辞めるのなら、交通費もかかることだし、帰らないでそのための準備をしなくてはいけない。

ずるいと思われるかもしれないが、会社には年明けに支店長に話そうと春利は思う。その結果、引継ぎがあるから3月まで延ばせないかと言われたら、譲歩しようと思う。どちらにせよ、それ以上我慢して続けるのはやめよう。

31日、世紀大道駅に近い勤務先のビルから数分の所にある中華料理店で夕食をすませた春利は、いつものように上海地下鉄2号線で中山公園駅に着いた。中山公園までは歩いて1分くらいだった。このシーズンの開園時間は朝6時なので行くときは開いていた公園も閉まっていたが、 公園入り口付近の広場には若者たちの姿があった。冬の公園だが、解放していればそれなりに中に入る人がいるだろう。その日の春利もそうした気持ちだった。

公園内のベンチにいれば、来未がやって来るだろうか。いや、もう、戻っては来ない・・。

公寓に着き、エレベーターに乗った。15Fまで誰も乗って来なかった。茶褐色に塗られた金属製のドアの前に立ち、バッグからキーを取り出した。

手を洗いうがいをした。日本の方が空気がきれいだった。 テーブルに携帯を置き、着替えた。ノートパソコンを開き、ボタンを押した。

早乙女ミナからメールが入っていた。1か月以上メールのやり取りが途絶えていた。

「沢さん、その後私も忙しくしていて、連絡しなかったけれど、何か悩んでいるのでは? まもなく新幹線をおりるところです・・」

To Be Continued

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