2014/06/30

久ノ浜にて

9月の最終土曜日、 春利は、成田行きの飛行機の中にいた。ミナとの約束を果たすためでもあったが、春利自身のためでもあった。上海に春利を訪ねてきたミナが、別れ際、震災から一年半近くたったから、今度二人で福島の久ノ浜へ行ってみましょう、と言ったことが春利の頭に残っていた。2人の仕事の都合からすぐには行かれないが出来るだけ早く実現したかった。

日本の祝日にあたる中国の祝日。その年、中秋節は9月30日で国慶節は10月1日ということから、9月30日~10月7日までの8日間、現地に合わせて春利の上海支店も休日になった。遅い夏休みだな、と支店長が言った。

メールのやり取りで、ミナは29日の授業を終えてから新幹線特急のぞみで東京駅に行き、上野に出てJR特急スーパーひたちでいわきに向かうことになった。翌日が日曜なのでいわき駅周辺で一泊し、あくる日の午前中に久ノ浜駅で待合せ、ということになった。

成田空港に着いた春利は上野に向かった。今回は叔母・とし子の家には泊まらずに上野のホテルで一泊することにした。

翌朝ホテルで朝食をすませた春利は、上野を8時発のJR特急スーパーひたちに乗り、10時22分にいわき駅に着いた。ひょっとしたらミナと同じ電車に乗り合わせるかもしれない、と思いつつ10時51分発の常磐線列車の到着を待った。たびたび周囲を見回したがミナの姿はなかった。

現在は復旧しているが、2011年3月11日、東日本大震災の年は5月13日まで四ツ倉から久­ノ浜駅まで運休していたと、春利は昨夜ホテルのネットで検索して知った。福島原発からおよそ30キロのその辺り、放射能の影響はどうなんだろう。

アナウンスが流れ、ホームに列車が滑り込んできた。いわき駅で常磐線に乗るのは生まれて初めてだったが、来未がいくどとなく乗ったであろう電車。そして、ミナもその線で久ノ浜に向かうことを思った。

いわき駅を出た列車は、草野、四ツ倉と停車して久ノ浜駅に向かって走り出した。トンネルを二つ抜けた。海が見える。列車の振動音が春利に伝わっている。

To Be Continued

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