2014/05/14

羽田ー虹橋(ホンチャオ)空港

春利からの添付ファイル付きのメールを見たミナは自らの画像を貼り返信した。駄目だとは言って来なかったが、一方的だと思われたかもしれない。

春利への連絡が遅れてしまったから、先に飛行機とホテルの手配をしておいた方が夏休みのシーズンは無難だとの思いから取った行為だった。

春利には虹橋空港に着く日時と宿泊先の上海中山公園のホテルを先に知らせたが、当日羽田から行くことにはふれなかった。相手も上海勤務の会社員で何かと大変だろうから、余計な心配はさせない方が良いと思った。休みに入っても採点の仕事が片付かないと次の行動に移れなかったが、ようやく終了した。

ミナは、金曜の晩に両親が住む武蔵野市へ帰り、翌日空港へ向かう予定だった。羽田からだと虹橋行きの便も関西からより多いし、今回は上海へ発つ前に両親に顔を見せておきたいと思った。

春利は土日しか休みがないと言ってきたが、場合によっては滞在期間を延長して一人で上海を見て回っても良い。突然行っても、一日くらいは会って話す機会が持てるだろう、と、夏休みならではの強気だった。

ミナは、一人っ子ということもあり、日本の大学を出てから4年半ほどアメリカへ留学させてもらった。学生期間が長かったのと、家庭教師のアルバイトで貯めたお金で、上海、北京、香港、シンガポールへも旅行したことがあった。中国語は少ししか出来ないが、英語が話せる若者もいるから、それほど心配することはないと思う。

そう、人生は一度きり。エイリアンのようには長生きできないんだから。

エリア51でエイリアンと関わりを持ったというアメリカ人の著書がパソコンの横に置かれている。

To Be Continued

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