2014/02/08

シャンハイの秋

桑田荘太でも、ひらがな、カタカナでもなかった。

やはり、フェイスブックにも登録していなかった。しかし、60過ぎていてもネットでブログをやっている人もいるし、ネットビジネスや通信関連の仕事をやっている人だっている。父親もそのようであってくれたら見つけやすい。そうあってほしい、と春利は思う。

5歳のとき両親が離婚したと言っても、春利にとってはたった一人の父親だった。母親が亡くなってしまった今では、存命ならば、一番の近親者だ。春利の記憶の中では鮮明なものはなかったが、父にぶたれたり叱られた記憶は皆無で、むしろ暖かい人のように思われる。

やれるだけやってみよう、と春利は思う。それは、お金を払って探偵・興信所のような所へ依頼して捜してもらう方法もあるが、もう少し自分でやってみようと思った。

勤務の合間を見てつづける決心だった。そう決まると、先ずフェイスブックに登録しておくことにした。桑田荘太がもしネット上で春利のことを検索したとしても、ハンドルネームとかニックネームでは探し当てることは難しい。特定が出来ない。フェイスブックだと本名登録が建前になっているから、同姓同名があったとしても絞り込むことが出来る。中国にいると日本国内より規制がかかるが、いざとなれば日本に行くことも出来るし、日本国内の誰かに頼むことも出来る。

時計を見ると、午後1時になるところだった。翌日が休みだと思うと気持ちは救われた。

「よし、昼を食べに出よう」春利は立ち上がり窓外に目をやった。近くの高層マンションの窓が陽光を反射して眩しかった。夕飯は食材を買ってきて家で作ろうと思う。

To Be Continued

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