2013/08/23

石橋梨花と

春利が帰国したのは、7月に入ってからだった。2月から上海勤務が始まり、初めての5日間の休暇だった。

上海勤務に発つ前、名古屋の星ヶ丘のアパートを引き払い、都内に住んでいる母の妹・とし子の家を連絡先にした。

上海の浦東(プードン)空港の待合室には日本語を話す旅行客のグループがいて、親せきに会ったような親しみを感じた。狭い機内では、時おり日本語と中国語が飛びかっていた。

成田空港に着いた時、春利は心のどこかで父の存在を追っていた。兄弟もなくほとんど母子家庭で育ち、すでに母が亡くなってしまった現在、降り立ったところが、名古屋でなく成田であることが余計そのような思いを募らせたのかもしれなかった。

その日は都内の叔母の家に泊まることになっていた。
中央線で下車した春利が叔母の家に着いた時、午後3時を回っていた。2人のいとこは、姉は結婚して金沢に住んでいて、会社で機械設計をしている弟はデトロイトに出張していた。

夕食を一緒にと待っていた叔母・とし子の夫が夕方7時頃帰宅した。日本の7月はこんなに明るかったんだと、春利は改めて感動した。とし子の夫は物静かな人で、都内の私立大学で美術の准教授をしているという。夏休みが近いので学期末試験の準備があると言っていたが、今日は春利に会うのを楽しみにしていたと言ってくれた。

夕食後、「そうそう」と叔母が春利宛に届いているという郵便物を持って来た。
偶然にも、県立高校と大学の同窓会名簿が届いていた。

翌日は、東京駅で来未の姉・石橋梨花と会うことになっていた。


To Be Continued

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