2013/08/12

夜桜

若い男女とすれ違い、しばらく行くと、両手に荷物を下げた70代後半と思われる女性が、桜の木から離れたがわの道の端にどこを見るともなく立っていた。心臓の具合でも悪いのか、それとも帰り道を忘れてしまったのか、などと思いつつ桑田は通り過ぎた。10メートル近く離れてから再び振り返ってみたが、まだ動こうとしない。

立ち止って見ていると、やがてゆっくりと歩き出した。よく見ると、荷物を持った手の先には黒っぽい杖をついていた。膝か腰か痛いのかもしれない。高齢になると歩きつづけるのも大変なのだと、郷里の道で数メートル歩いては石垣に腰掛けていた近所のおばあさんのことが浮かんできた。

桜並木は続いている。辺りは暗くなっていたが、周囲の住宅からの明りが届いていた。今年もこれで桜も最後か、と震災で桜の話題も盛り上がらなかったことを思った。福島原発の放射能も思いのほか他県にも広がっているに違いない、とネット上での動画を思い出した。

と、桑田は数メートル先の桜の木の下に30前と思われる女性が立っているのに気付いた。8時前だったから、そんなに遅くはなかったが、大きな桜の木の下で、花を眺めるというよりは物思いにでもふけっているような様子でもあった。

近づいた桑田が彼女に目をやると、少し頭を下げ、何か言いたげにも見えるが、初めて出会う見知らぬ女性に声をかけるのもはばかられた。

桑田も軽く会釈して通り過ぎようとしたが、相手はどこかで会ったことがある人だろうか、こちらが忘れているだけなのか、という思いがこみ上げてきた。

「あのう・・」と振り返った桑田は言ったつもりだったが、相手に聞こえるほどの声には達していなかった。桑田はちょっと太めのミルキーホワイトのズボンに、茶色のスタンドカラーシャツの上に同じようなミルキーホワイト系のカジュアルジャンパー姿だったが、その女性はレギンスに上は濃いグリーン系の長袖カラーシャツ姿だった。

相手の視線は桑田の方に向けられていたが、何も言わずにふたたび会釈する姿勢を取っていた。
桑田には記憶にない人だったが、他人の空似ということもあるから、私が誰かに似ていたのかも。そう自らに言い聞かせて桑田は振り向かないように意識して歩いて行った。


To Be Continued

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