2013/08/08

夜桜

桑田の住まいの団地から20分余り歩くと、小田急線に並行して流れる麻生川に出た。線路の向こうに渡ると麻生川の川沿いに両岸約1kmに渡り桜並木が続いている。

桑田の桜に対する思いは年ごと変わっていた。

子供の頃の桜の記憶は、生家の坪庭でも道側にある一本の桜の木だった。坪庭には苔が生えた大石があり、イヌツゲや紅葉と松の古木、それにツツジとシダ類が坪庭全体に広がっていたが、部屋の廊下から見る右手の閉じられた門からつづくそこは、湿気を帯びて静まり返っていた。

桑田が8歳のとき、脳出血で臥したきりだった母が亡くなったことから、桑田が気づかないうちに植えられた桜の木に花が咲いたのを見て、場違いの別世界が現れたように思われた。

新横浜に出かけて見る桜は、桜目当てではなかった。幼い春利との記憶が桑田をその辺りへと誘っていった。

この年は、震災のダメージが大きく、桜のニュースは後ろへ追いやられていたが、ウォーキングがてら見られる近場の桜を、と思いつつ、陽が落ちたころを見計らって桑田は家を出たのだった。

ライトアップもなくなっていたが、前年より、開花が一週間ほど遅れたことから、散り始めたところもあったが、最後の見ごろとも言えた。

桑田は、ほの暗くなった川沿いの道をゆっくりと歩いて行った。前方からやってくる若い男女が携帯のデジカメをそろって桜の方に向けている。


To Be Continued

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