2013/07/09

ノラ猫と桜

「彼女、途中までいた、あれ誰だっけ?」

復学後、桑田が施設を紹介したのは、一年上の先輩と後輩の2人だったが、後輩の一人が話題の彼女だった。

「あれに関わったのは、彼だよ。すぐひっかけるからな」

同じ寮にいて信頼もしていた先輩から言われたことで、桑田の傷口は余計痛んだ。言う方にとっては話題を盛り上げるくらいのつもりだったかもしれないが、桑田は今までの彼への信頼感が損なわれた。

その時は精いっぱい平静を装っていたが、それ以上話が展開しないことを願った。しかし、話はさらに続いていた。

富田希海(のぞみ)という名の彼女に桑田が初めて声をかけたのは、その日授業のない桑田が古本屋へ行った帰りで、バス停からグラウンドを抜けて寮へ向かっている時だった。希海は授業を終え、帰宅するためバス停へ向かっていた。

復学した桑田は、富田希海も休学して復学したと聞き、ちょっと話しかけてみたかった。その後、希海から寮宛に手紙が来て、2人は喫茶店で話すようになった。学年が進み、二人はセックスにまで及んだ。希海は一緒にやっていきたいと言い、桑田に両親にあってほしいと言った。

しかし、その間希海の生い立ちを打ち明けられ、桑田には希海のような環境で育った女性とやっていくことはとても無理だと思った。彼女には兄が一人いたが、兄妹とも正妻の子ではないことを知った。

桑田は結婚は出来ないと言った。当時、まだ結婚なんて本気で考えてもいなかった。
桑田は将来牧師になるという気持ちは薄れていたが、希海もなる気はないと言った。折しも神学大学でも学生運動が繰り広げられていた。教室内に椅子が積み上げられ、授業が出来なくなっていた。

やがて、富田希海の姿は学内から消えていった。

ぶるんと首を振り、桑田はベンチから立ち上がった。思い出したくない心の傷だった。

中央広場を引き返し、サツキの生垣がつづいているコーナーまで行った時、一匹のトラ猫の姿があった。
桑田が、トラちゃん! と声をかけると、桑田を見てしっかりと応えた。ものおじしない様子だが、飼い猫ではないと直感した。誰か餌をあげているに違いない。人の気配に振り向くと、スポーツウェア姿の若い女性が向こうから走って来た。桜の花が咲いている。


To Be Continued

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