2013/07/07

ノラ猫と桜

学校を辞めようという思いは春休みに入る前に、桑田の中で一気に増幅して行った。学生課の教授に相談し、すぐ上の兄にも話しに行った。

大学を卒業してからだったら他大学へ編入も出来るからと何人かの先輩に言われた。先のことは分からないが、とにかく一年休学して考えることにした。

高卒でストレートに神学大学に入学したのは、桑田の学年では十数人のうち4人だけだった。寮外からの通学生には結婚している者もいた。会社員を経験している者、浪人生などで、30歳前後の者もいた。

神のことを意識しての授業と礼拝と日曜日の教会、そして毎週祈祷会もある寮生活。主に日曜だけ教会に通っていた高校時代後半とは違っていた。別世界とも言えた。英書購読の講師と馬が合わなかった上に不可の評価をもらったことでつづける気力を失ってしまった。

郷里の信州に帰りしばらく精密工場でバイトをしたが、心の不安を抱えていた桑田は、教会の信徒の紹介で、キリスト教主義を標榜している千葉の身心障害者の施設へ行くことになった。給与はなかったが、寝泊りする部屋が与えられ、食事も、寮生と呼ばれる入所者と同じものをいただくことが出来た。


桑田の仕事は、厨房での寮生たちの食事の用意の手伝いと食後の食器洗い。風呂場の清掃と施設周辺の清掃、男子寮生の入浴介助などだったが、食堂を利用しての聖書集会での講話も依頼された。だが、神学大学での日々と違い、身体を動かすことが多かったことと他の職員やボランティアで訪れる人々との会話が桑田の心を癒してくれた。

砂田サト子と初めて出会ったのも、厨房での食器洗いの時だったのだが、2月の初旬にかつての神学部の仲間に会った時、仲間たちの一人が、その施設での話から、桑田が一番思い出したくない女性のことに話題が飛んだことだった。


To Be Continued

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