2013/06/23

上海BSデジタル

太平洋三陸沖を震源として発生した3.11の巨大地震の発生から3週間になろうとしていた。

福島県に帰省したという来未からは連絡がないままだったばかりでなく、福島原子力発電所の爆発により、半径30km圏内にある久ノ浜地区は、政府によって屋内退避区域に指定された。

また、春利のいた名古屋支店の後輩・佐野からは、来未が帰省したと思われる地区のいわき市が自主避難勧告を宣言し、市の誘導で地区内住民の大半がほかの地区へ避難している、というメールが入った。日本政府より先に、福島原発の事故により、アメリカ東海岸の一専門家が、微量だがストロンチウムが観測されたことから、福島原発は、国内で報道されているより事態は深刻かもしれないとも。

仕事の合間に春利が見聞きする情報は、どれも漠然とした悲観色を漂わせたが、来未の身辺にかかわる具体性に欠けていた。

来未は、地震により何かの建物の下敷きになったのか、丸ごと津波に持って行かれたのか、それとも通信手段が途絶えて連絡がつかないだけなのか。・・どこかの病院に運ばれているのだろうか。

仮に休暇を取って帰国しても、来未の居場所が分からないことには。それに、福島県へ行ったとしても、転居したという久ノ浜にある家に行くことが出来るのだろうか。家は、現存しているのだろうか。

来未ばかりでなく、両親や家族、親族がどうなっているのか。歯がゆい気持ちばかりが募っていった。


To Be Continued

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