2014/07/29

リアルの出会い

「私が生活力がないために春利にもつらい思いをさせることになった。小学校の6年のとき、親父が叔父の紹介で再婚してね。性格が良い悪いではなく、実母とはまったく違った性格の持ち主だったので、その義母とは打ち解けられなくてね。もう亡くなったけど、そうした環境で育ったことで、心が壊れ、ゆがめられてしまったんだね。今だから言えることだけど、小中高と、特にひどかった。それで、神を求めて神学部に入学することになったんだ。学費もとても安かったから」

「そうだったんだ。僕も、その年齢だったら、新しい母とやっていくことには自信がないな」

「恵まれた平坦な土地で、本格的な農業だったらどうか分からないけれど、山のような所で、中途半端な田畑や養蚕では、戦後のあの時期、生活が成り立たなかったと思う。士農工商と言われた時代ならまだしも。父は農業の合間に日雇いのようなことをしていたんだね。12歳はなれていた一番上の兄は、詳しくは分からないけど、中学を出て他県に働きに出され、原因不明の病気で亡くなったんだ」

「父さんも、いろいろあったんだ」

「人の一生って分からないからね。私は何もしてやれなかったけど、春利が国立の大学を出て会社に就職できたことは、ほんとうにありがたいことだ。母さんが気丈な人だったからね」

春利は急に熱いものが込み上げてきて手で目を拭った。ブザーが鳴り、父が財布を手に玄関へたっていった。配達員とのやり取りが聞こえる。

「届いたから、今お茶をいれるから」

「父さん、僕がやろうか」

「いや、ちょっと待ってて」

薬缶に水を入れ換気扇をまわす父の背中がすぐ側にある。ガステーブルで点火する音がする。背中を向けたままの父がそっと涙を拭っている。

To Be Continued

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2014/07/20

リアルの出会い

「どんな状況であれ、愛する人が亡くなるってとてもつらいことだね。私も、5歳のとき母親が脳出血で倒れてね。あの頃は医学が進んでいなかったから、母はそのまま植物状態で臥したきり何も話せなくなってしまった。小学校に上がり、学校から戻っても言葉で表現できないほどさびしかったね。私も栄養失調だったし。今から思うと、農作業から来る過労だね。戦後、我が家はほんとうに貧しかったから。母は父と一緒に田畑の仕事や養蚕をしながらの子育てでね。臥した状態は私が小学校3年の秋までつづき、とうとう亡くなってしまった。幼かったから、悲しさやさびしさというものを口に出して表現できなかった」

「父さんは、そんな経験をしていたんだ」

寺の表示がある交差点を右折し、二人は次に並木橋とある交差点を右に行った。

15分ほど歩いて父の住む団地に着いた。階段を上がり桑田がキーを取り出してドアを開けた。その間、近所の住人には会わなかった。

「この辺は地震の影響はなかったよね」

「揺れたけど、東北地方のようなことはなかった」

「日本で、あの日に大地震が起きて、巨大津波があったなんて。それに原発が追い打ちをかけて。中国でも上海は、プレート境界から離れていて、地震も起きない地点になっているみたい。よくわからないけど」

春利は父に促され、ソファに掛けバッグを脇に置いた。何か夕食を頼もうといくつか父がメニューを持って来た。春利はピザがいいと言った。一応チェックしてみると桑田がパソコンを開いた。春利がピザの画像を指さした。しばらくして、パソコンで注文入れるより電話の方が早いかもしれないと、桑田が立ち上がって受話器を手にした。

「父さんに会いたかったよ」注文が終わった時、父の背中へ向けて言った。

「私もさ。お前のことがずっと気がかりだった。母さんが亡くなったこと、お前が名古屋に行ったくらいまでは、あのころ上の階に住んでいて親しかった旦那から連絡をもらっていたから」

「そうだったんだ」

To Be Continued

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2014/07/19

リアルの出会い

改札の手前で、春利はこちらを見て立っている男が父・桑田荘太だとすぐ分かった。頭髪はすっかり白髪で、頬はくぼみがちだったが、春利の方を見た視線は、紛れもなくスカイプで話した父だった。

桑田は春利の方に視線を向けていたが、確かに息子の春利だと確信するまでに数秒かかった。春利は父と分かるとすぐに手をあげた。父はそれで遠い記憶を呼び戻すような目をして息子の全体像を目でたどった。むろんスカイプで春利の顔を見ていたが、幼い頃と25年後の息子が頭の中ですぐに実感できなかった。

「立派になったな」
改札を通って目の前に来た息子に言った。春利は言葉が見つからなかった。

「ここから歩いて15分ぐらいかかるから。荷物重いかな?」

「大丈夫。バッグは膨れてるけど衣類だから」春利は父と並んで歩き始めていた。

「きのう、日本へ帰ると言ってたけど」

「ちょっと福島の方へ行ってきたので」

「福島。誰か地震の被害にあった人がいるの?」

「父さんには話してなかったけど、付き合っていた彼女がいたんだけど、名古屋の会社に同期で入社したんだ。運悪く、あの地震が起こったときに両親が暮らす、いわきの久ノ浜へ帰省して、僕が上海へ転勤になってからなので、彼女がその日帰省していたことも後から会社の人から聞いて知ったんだけど」

「それで?」

「彼女も、両親も行方不明のままで。地震の後の津波で家ごと持っていかれたんじゃないかと。海に近いので、その辺り、建物の土台というか基礎部分だけ残して、平地になっていて辺りに草が生えていた」

荘太の足が一瞬止まりかけ、信号のない交差点を左へ折れた。
「そんなことがあったんだ」

To Be Continued

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2014/07/11

リアルの出会い

稲荷神社を後にした二人は急いで久ノ浜駅へ向かった。乗り遅れたらいわき駅までタクシーを飛ばすことになる。息が切れそうで汗をかいたが、間に合った。

春利とミナは東京駅で別れた。ミナはJR新幹線のぞみで京都へ向かい、春利は新宿へ出て小田急線に乗り換えた。

父・桑田荘太とは、新宿で連絡が取れた。携帯を持って駅に迎えに出るという。

春利が実際に父・桑田荘太に会うのは25年ぶりということになるが、メールの添付ファイルで互いの最近の写真を見た後に、スカイプで相手の映像を見ながらいくども話した。

小中高校と事あるごとに父のことに思いを馳せることがあった。父は死亡したのではない、母と合わないことがあって出て行ったのだろう。どこかで暮らしているのだろう。しかし春利はそのわけを母に直接訊いたことはなかった。訊けない雰囲気が母にはあった。いや、勝手に春利がそう思い込んでいたのかもしれない。いずれにせよ、母は看護師として病院で働き、女手一つで春利を大学まで出してくれた。金銭的なことで困ると母に言われたことがなかった。

車内のアナウンスが春利の降りる駅の名を告げている。春利が父に会いたいという思いが強くなったのは、大学の電気工学部を卒業して就職が決まった時だった。その後母が病死して、父を見つけ出そうと心の底で思い始めた。その父も春利をさがしていたことを、上海の公寓の部屋でメールで知った。

電車が停まった。

僕は父を憎んではいなかった。春利は心で呟いてホームに降りた。

To Be Continued

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2014/07/06

久ノ浜にて

二人は左手の海と右手の基礎部分だけが残った草の生えた平地に交互に目をやる。

しばらく無言で歩いてから、春利は左手をふり返る。震災で一部崩壊したという赤茶けた殿上山の山肌が見える。あの向こうに久之浜漁港や破壊された漁業組合の建物があるに違いないと思う。

コンクリートの防潮堤の上に瓶に挿された花がある。海はとても穏やかで空には白い雲が浮かんでいる。駅の方には建物が見えるが、二人が歩いている辺りはコンクリートの土台だけが残っている平地が広がっている。

砂浜に切り花が流れている。消波ブロックの塊に波が当たり一瞬白くなる。前方の防潮堤に鉢植えが並び周囲にも花が添えられている所が見える。春利は、思わずふーっと息を吐き出した。

「早乙女さん」春利はちらりとミナを見て、そこへ向かって早足で進む。

ミナも頷いて足を早める。

二人はその前に立った。添えられたばかりと思われる花束もある。ここを訪れる人びとはみな慰霊の思いにかられ献花していったであろう。

手を合わせ、深く頭(こうべ)を垂れた。ここに来るのが遅れたことを、状況が分からずに一輪の花さえも持参しなかったことを春利はわびた。前方の穏やかな海からは当時の様子は想像がつかない。海はすぐそこで防潮堤も高くない。

それにしても、これだけ海に近い所に住んでいれば、漁には好都合だが、大津波が来れば人家はひとたまりもない。春利もミナもそう思ったが、互いに口には出さなかった。久ノ浜駅の案内板には、標高5.9mと書かれていた。

「あそこに」ミナがそう言って指さす前に春利も気になっていた。右手前方に朱い鳥居と祠らしきものがある。他に建物がないので一際目立った。

「じゃあ、あそこでお参りして帰りましょう。早乙女さんはこれから京都に帰って明日は仕事ですからね」

「すみません。もう少しゆっくり出来たら良かったのですが」

「いえ。僕も、ずっと気がかりでしたが、早乙女さんのおかげで来る決心がついて感謝しています」

「それで、沢さんは日本には」

「ええ。今回は遅い夏休みといった感じで、名古屋には行かず、川崎の親せきの所に4日ほどいてから上海へ」

「それじゃあ、少しゆっくり出来ますね。今度良かったら京都にも」

「ええ、お邪魔するかもしれません」

To Be Continued

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2014/07/04

久ノ浜にて

二人は県道157号線の右側をゆっくりと歩いて行く。通りから少し入ったところにブルトーザーが停まっている。建物のコンクリートの土台だけが残っている平地が目につく。

来未の姉・梨花が話していた赤い鳥居のある神社はどの辺だろうか。春利は誰かに聞いてみようと往来を見回す。前方から軽トラックがゆっくり走って来るのに気付く。手をあげ、頭を下げると、軽トラックが春利の横で停まった。

「ああ、ほしのみや神社のことかな。それなら」とおじさんは通りの反対側を指さした。

あの辺りにあったが、津波で流されてしまったというのだ。空地のような状態で草が生えている所があちこちに広がっているが、そこには仮設されたのか小さな仮社殿とプレハブ小屋があった。来未の両親が住んでいた家がどこだったか、神社の近くと言っても通りの向こうかこちらか具体的なことはそれ以上聞いていなかったから見当がつかない。

軽トラックのおじさんは、朱い鳥居や祠ならこの向こうにも、あっちにもあるよ、という。春利も地図で確かめてきたが、橋を渡った向こうと、右手の方にも複数の鳥居マークがあった。しかし、梨花の言葉から、現在二人がいる場所に間違いだろうと思う。

「じゃあ、沢さん、来未さんのご両親はこの辺りのどこかっていうことになるわね」

「そうですね」春利は次に続く言葉が見つからないまま足は歩みだしていた。

春利は先にたって橋の手前まで行った。現在は修復されているが、震災直後は道路が陥没して橋が寸断されたというのはここだろうか、と春利は前方に視線を送る。

「早乙女さん、時間は大丈夫ですか? 明日は、授業があるんでしょう」

「ええ。12時前ですね。準備はしてきましたから、もう少しは。せっかくここまで来たのですから」

二人は橋を渡らずに右手の東町方面へと海岸沿いの道を歩き出した。海岸にコンクリートの消波ブロックがいくつも見えたかと思うと、破壊されコンクリートの白い部分のギザギザがつづく防潮堤が現れた。穏やかな海はどこまでも続いている。

To Be Continued

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2014/07/03

久ノ浜にて

車内に久ノ浜駅到着のアナウンスが流れた。木造の駅舎が見える。時計の針は11時を回っていた。

ホームに降りた乗客は十数人だった。
初めての場所なのに、春利は以前来たことがあるような懐かしさを感じた。

ミナは来ているだろうか。約束の時間は、11時から11時半の間だった。

改札を通り駅舎の待合室に目をやった。自動販売機の前で椅子に座っているのは間違いなくミナだった。一月半前に上海で会ったミナがそこにいた。ミナの視線が春利と合った。二人はほとんど同時に口元に笑みを浮かべた。

久ノ浜駅を背にして、並んで歩き出した。国道6号線を渡り、県道157号線を海岸の方へと歩く。春利はホテルのネットで地図を確認し、簡単な図を描いてきた。震災前の状態は見てないので、比較が出来ない。来未の姉の梨花に連絡すれば、日曜日でもあるし来てくれたかもしれない。ミナには、来未に姉が一人いることだけを伝えただけだった。

数分歩くと海が見えた。久之浜は地震で家が崩壊したのではなく、津波と火災で壊滅的な被害を受けたと春利はネットで読んだ。福島原発の影響で屋内退避の指定があったということを思い出す。

「この辺りは、海がすぐなのね。来未さんや春海さんはどの辺にいたんでしょうか」

「ほんとうのところ、僕にも分かりません。会社の友達宛に久ノ浜に行くというメールがあったことを聞いたのですが、地震があった時間どこにいたのか。ただ、駅の名前と両親が住んでいたおよその場所は、神社が近くにあったこと。それも、この先の橋を渡った向こうにも神社があるけど、そこまでは行かない、前の神社だと・・」
春利は前日ホテルのネットで見た地図をざっと描いてきたメモを見せて言った。

「沢さん、そのことは誰に?」

「すみません。早乙女さんにはくわしくはふれなかったけど、来未の姉・梨花さんです。梨花さんとは、震災後一度東京で会ったことがありますが、その後、来未は行方不明のままですし、両親も、家ごと津波で持っていかれ行方不明のままですから。いわき市にいるはずの梨花さんにも、今日のことは知らせてありません」

「そうだったんですか」

To Be Continued

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