2014/05/28

ミナの来訪

長寧路に沿った所にある入口がミナとの待ち合わせ場所だった。日曜日は近隣から多くの人が集まるので春利は出来れば避けたかった。夏だと朝の5時頃から人が歩いている。それでも、緑の多い広い公園なので木陰で話すくらいは出来るだろうと春利は思う。

公園前の広場ではカセットテープで音楽を流しながら太極拳の練習をしている。朱色で「中山公园」の案内を記した石板が見える。春利の前にも後ろにも人が歩いている。

入口と言っても人通りを避けるからどの辺が良いだろう。と思って春利が歩みを止めた時、前方で手を振る女性がいた。白が似合う女性は間違いなくミナだった。

「以前はイギリス人の私宅庭園だったみたいで、ジェスフィールドパークと呼ばれていたようだけど、朝からすごい人出ですね」ミナは笑みを浮かべて言った。

「ええ、日曜日はこうなんですね。この先のちょっとした桜の林で、日本の震災後に不思議な体験をしたので」

「それって、来未さんのことで?」

「ええ。よく分かりましたね」

「沢さんが、上海中山公園で話しましょうと言った時に、わたし、来未さんとのことで何かあった所では、と思ったのです」

二人はゆっくりと右手奥に進み、 「櫻花亭」という立て看板を見ながら英語で話す来園者につづく。

「あの日の朝早く、この公園の桜の木の所で一瞬鳥居のようなものが浮かび・・」

「鳥居のようなもの?」

「ええ。その直後に桜の木の上空に、来未と友達と思われる女性が現れたんです」

「沢さんに、何か話しかけたんですか?」

「名前を呼んだら、頷いたようだった。後から、それは現実を報せることだと思うようになりました。そして数か月後に、早乙女さん、あなたからのメッセージ」

春利が前方を指さした。二人の前は葉桜の林で、中に人影はなかった。

「私は何と言ったのですか?」

「沢さん。私は、サオトメ ミナ、と言います。来未さんから、あなたのことを聞きました。あなたに会えないまま、地震の後の津波で向こうの世界へ行ってしまったため、私にその思いを伝えてきたのです。一度あなたに会ってお話ししたいと思っています・・」

林の向こうから風に乗り、若い男女の歓声や話し声がきれぎれに聞こえる。緑の屋根付きの円形ボートがぶつかり合っているに違いない。

To Be Continued

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2014/05/25

ミナの来訪

春利がミナの宿泊ホテルに近い福島ラーメン店で別れ、ホテルの前まで同行してから公寓に戻ったのは夜の9時過ぎだった。

シャワーを浴び、ドライアーで髪を乾かした。湿度が高いとはいえ真夏だからすぐ終わった。テレビで日本のニュースを確認した。震災関連では仮設住宅と福島原発事故の放射能についてふれていたが、新たな遺体が見つかったという報せはなかった。

ベッドに横になると、その日のことが浮かんできた。
57階のミナの泊まる部屋からは上海中山公園、その向こうに上海の街が霞んで見えた。外は蒸し暑いから、ホテル内のレストランで夕食をとも思ったが、来未のことで春利に会いに来たことを思い、来未の郷里にふれ、福島ラーメン店が近くにあるけれど良かったら、と訊いてみた。

可能な範囲で来未さんのことを聞かせてください、とミナはもちろんです、といった表情でオーケーした。福島ラーメン店は客が多く日本語が飛び交っていたが、運よくカウンターでない席が空いていた。小さ目な方形のテーブルに椅子は二つだけで少し狭いかなとも思ったが、すぐ席を確保しないと後から来た客が座ってしまうところだった。

ミナと向き合いラーメンを食べながら話した。春利はみそ味でミナはしょうゆ味だった。来未の家族を呑み込んだ東日本大震災。春利もミナも、当日はさほど影響を受けないところに居た。

まさか、あのとき来未が郷里に帰っていたとは知らなかった、来未の姉・梨花から来未の両親も行方不明になったままだと聞いたことを春利は話した。津波に呑まれてゆく来未を想像すると胸が苦しくなった。ミナは春利の目をじっと見て聞いていた。

除湿にしているエアコンの音が暗闇で唸っている。

翌朝7時前に目覚めた春利は、パンと野菜とコーヒーで朝食をすませ、8時過ぎに公寓のエレベータに乗った。途中で一度止まり、フロアから中国人の若い男女が乗った。ミナとの待ち合わせ場所は上海中山公園入口だった。ミナの泊まった高層ホテルの下だから迷うことはないだろう。

To Be Continued

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2014/05/21

ミナの来訪

「フロントは25階だそうです」ふり返ったミナが言った。

「25階・・」
春利は一度だけこのホテルに支店長に同行して商談で来たことを思い出した。その時は25階のカフェだった。

「どうしますか? ここは60階建てで、57階だから見晴らしが良いかもしれないから言ってみませんか」

「良いんですか? 荷物を置いてきたらどこかお店へと思っていたんですが」

春利は笑みを浮かべたミナとエレベータへ向かった。

「僕はこのホテルには泊まったことはないのですが、地下鉄2、3、4号線の中山公園駅に直結していて便利だということで、日本の利用客も多いようですね」

「わたしは、沢さんの住まいに近いところと思って選んだだけだけど」

二人は25Fでいったん降りてフロントへ行った。ミナの流暢な英語に相手の若い女性も英語で応え、キーを手にする。

57階だと、お部屋からは上海の街が見えますし、ちょうど中山公園の上にあたるから満足していただけるのでは。

ミナの問いかけに、ホテルの女性の英語はそう言っているように春利には聞こえる。

To Be Continued

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2014/05/20

ミナの来訪

虹橋空港からタクシーに乗り、二人はミナが予約したホテルへ向かった。

「わたし、ネットで調べ、宿泊は沢さんの住まいに近いところと思ってとったけど、どうでしょう?」

「バッチリですよ。ほんとに徒歩圏内です。中山公園駅からは直結してますし、僕の公寓からも直ぐです。こちらには来たことがありますか?」

「学生のときに観光で上海には来たことがあるけど、この辺りはまったくの初めてです」

「そうだったんですか。僕は、中国は、転勤で来たのが初めてだったんです。で、今日は羽田から来たんですね」

「ええ、よく分かりましたね」

「メールをもらい、一応、チェックしてみたんです。あの時間は、関西から出ている便はなかったので」

「そうだったんですか。わたし、武蔵野の両親の所へ寄ってから来たんです」

「僕も叔母が中野に住んでいるので・・」そこまで言って春利は、叔母の家に泊まり、東京駅で来未の姉・梨花に会ったことを思い出した。

「わたしは、吉祥寺で生まれたから。近いですね」タクシーはすでにホテルの前に来ていた。

わたし元に両替して来ているからとミナがバックから財布を取り出したが、春利が払い、二人はホテルに入っていった。

「ここは、英語通じますか?」

「ええ、このクラスのホテルですと、英語と中国語は大丈夫です。それに、日によりますが、日本語を話せる人がいる日もあるようです」

「じゃあ」とミナは先に一人でカウンターへ向かった。

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2014/05/19

ミナの来訪 (ホンチャオ空港)

公寓で昼食をすませ、春利が虹橋空港に着いたのは飛行機の到着予定時刻の30分前だった。

家を出るときに、早乙女ミナの名で送られてきた添付ファイルの顔を頭に刻んで家を出た。自らの携帯に画像を送っておこうかとも思ったが、先方に春利の写真も送ってあるし、電話番号とメールアドレスも互いに分かっているから大丈夫だろうと思った。

上海虹橋空港は、以前は国内線専用空港だったと聞いていたが、春利も上海に来て数回利用した。建物の上に筆記体で「虹橋機場」と書かれた文字を見ると、春利は中国にいることを実感した。

飛行機は予定通り虹橋に着いた。出迎えの中国人に交じり、春利はやって来る降機者の中にミナの顔をさがした。出迎えた人々の口から次つぎと中国語が飛び出す。

最初の一群には、写真の顔は見当たらなかった。次の流れにも見つからなかった。次はほぼ一列になり間隔を置いてつづく。

まさか予定を変更したのではないだろう、と思った時、女性にしては背も高く目鼻立ちの整った顔立ちの女性がやや大き目なバッグを提げて現れた。スーツケースは引いていない。顔も、半袖から現れた肌の色も一般的な日本人より白い。

相手の女性の目が春利を確かめるように見つめ微笑みを浮かべた。

「沢です。沢春利です。早乙女ミナさんですね」

「はい、早乙女ミナです。初めまして」

To Be Continued

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2014/05/14

羽田ー虹橋(ホンチャオ)空港

春利からの添付ファイル付きのメールを見たミナは自らの画像を貼り返信した。駄目だとは言って来なかったが、一方的だと思われたかもしれない。

春利への連絡が遅れてしまったから、先に飛行機とホテルの手配をしておいた方が夏休みのシーズンは無難だとの思いから取った行為だった。

春利には虹橋空港に着く日時と宿泊先の上海中山公園のホテルを先に知らせたが、当日羽田から行くことにはふれなかった。相手も上海勤務の会社員で何かと大変だろうから、余計な心配はさせない方が良いと思った。休みに入っても採点の仕事が片付かないと次の行動に移れなかったが、ようやく終了した。

ミナは、金曜の晩に両親が住む武蔵野市へ帰り、翌日空港へ向かう予定だった。羽田からだと虹橋行きの便も関西からより多いし、今回は上海へ発つ前に両親に顔を見せておきたいと思った。

春利は土日しか休みがないと言ってきたが、場合によっては滞在期間を延長して一人で上海を見て回っても良い。突然行っても、一日くらいは会って話す機会が持てるだろう、と、夏休みならではの強気だった。

ミナは、一人っ子ということもあり、日本の大学を出てから4年半ほどアメリカへ留学させてもらった。学生期間が長かったのと、家庭教師のアルバイトで貯めたお金で、上海、北京、香港、シンガポールへも旅行したことがあった。中国語は少ししか出来ないが、英語が話せる若者もいるから、それほど心配することはないと思う。

そう、人生は一度きり。エイリアンのようには長生きできないんだから。

エリア51でエイリアンと関わりを持ったというアメリカ人の著書がパソコンの横に置かれている。

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2014/05/13

ミナの来訪

8月に入り、蒸し暑い夏の日々が続いたが、中国の一般的な会社は通常通りやっていたので、春利の会社も同様だった。日本だと、盆シーズンに夏休みをとるケースが多いかもしれないが、春利の職場の現地社員は希望を出せば交代で休めるように配慮されていた。

春利は、仕事が一段落したら上海に行きたいとミナがメールで言っていたから、そろそろ来るかもしれないと思ったが、夏休みに入っても仕事が忙しいのだろう。

先にメールが入ったのは、父からだった。春利が帰国するのは会社の都合で思うようにはいかないだろうから、父が都合を見てそちらへ行こうと思っている、と。

春利は、夏は暑いし空気も日本の様には良くないから、少し涼しくなってからが良い、と返信した。父が来るときには飛行機代や観光費用も出そうと春利は心で決めていた。

ミナからメールが入ったのは、8月の半ばだった。仕事から帰った春利は、「サオトメミナ」という文字をパソコンのメール画面でいち早く見つけた。18、19の土日に会えるように飛行機とホテルの手配をしたとある。

18日の土曜午後。虹橋空港。昼過ぎ、大丈夫だ、と春利は思う。ホテルも中山公園だし、空港から交通の便も良い。荷物があればタクシーが良いか。20分もあれば大丈夫だろう。それにしても、不思議というか分からないことが多い。来未との出会いがなければ、このような展開もなかっただろう。

到着時間前に虹橋空港に行きます。空港からの交通の便も良いので問題ないと思います。・・

春利は自らの写真を添付ファイルして返信した。

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2014/05/07

メッセージ

春利は部屋の上空からメッセージを聞いたが、どうしたらよいか分からなかったため、しばらく待ってみようと思いつつ何もしないで出勤していた。

メッセージを聞いてから5日後、その日春利は疲れていたのか、帰りの地下鉄下車駅を過ぎてから乗り越したことに気づいた。

中山公園駅まで戻り、いつものように歩いて公寓に着いた。エレベーターで15階まで上がりながら、土日と休みだから、と自らに言い聞かせた。

着替えるとエアコンを付け、ノートパソコンを開いた。メール受信箱を開き、春利はドキリとした。ジャンクメールの下に、「サオトメミナ」というカタカナ名があった。

フェイスブックで沢春利の姓名と上海在住から間違いないと思いメールした、と。夏季休暇に入ったので、仕事が一段落したら、上海に行きたいと思うが、沢さんの都合を知らせてほしい、と。来未さんのことは、会って直接話したい・・。

エイリアンの言った通りだ。ミナさんという人は、京都の大学で非常勤講師をしているという。採点が一段落したら、上海の都合が良い所に数日ホテルをとるつもりだという。

春利は、土日だったら会えるからと、便は少ないが、関西国際空港から住まいに近い虹橋空港に来てもらえば迎えに出ますと、フェイスブックには写真は載せていなかったから、返信メールに添付ファイルした。

送信し終えた春利は、ふーっと大きく息を吐き出した。それにしても、不思議なことがつづく。これも、地震の津波にさらわれた来未からのメッセージに違いない。来未とミナさんとを結んだのはエイリアン。彼らは人間の見えない世界が見えるのかもしれない。

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2014/05/03

メッセージ

6月中旬から長雨が続き、春利は上海へ来て2度目の夏を迎えた。名古屋の夏も暑かったが、加えて上海は湿度が高く、日中は靄がかかった状態で、喉の調子が良くなかった。 室外の活動には不適当だと思う。

地元上海では、市人力資源社会保障局と市総工会が関連通知を発表し、企業が毎年6月1日から9月30日まで労働者に高温天気下の露天作業及び有効な措置を取って作業場の温度を33度より低く出来ない場合には、労働者に高温手当を支給しなければならない。基準は毎月200元とする、という情報が耳に入った。

7月最後の土曜日。昼食を終えた春利はエアコンを除湿にしてソファでくつろいだ。父とスカイプやメールで連絡が取れるようになり、月に4、5回やりとりすることもあった。パソコンは開いた状態だったから、スカイプが入れば、パソコンがうなりだす。

テレビを点けようとした時だった。窓は一日中締めていることが多かったが、どこかで聞いたことがあるキュ~ンという高い音がかすかに聞こえたような気がした。

もしかしたら、と春利は立ち上がって窓際へ行った。空はスモッグがかかった状態だったが、濃い雨雲はなかった。

「もう何日かするとサオトメミナさんが、やってくるだろう」

「えっ?」

「サオトメミナさんがシャンハイへやってくる」

「それは、どういうこと?」

「会いにやって来る」

「僕に会いに日本から」

「そう。ミナさんは京都に住んでいる」

そういえば、以前、上海中山公園で、「一度あなたに会ってお話ししたいと思っています」と伝えてきたことがあった。

「いつやって来るの?」

返事は帰ってこなかった。もう行ってしまったのだろう。

To Be Continued

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