2013/01/23

福島の家

来未は上野で特急スーパーに乗り、いわき駅でJR常磐線に乗り換えた。

久ノ浜駅に着いた時は、予定通りの午後1時35分だった。

転居した久ノ浜の家には子供の頃から行っていたから道をたずねて行くという心配もなかった。徒歩で10分も歩けば家に着くだろう。家には母がいるに違いない。それより途中で顔を出して行こうと思っている春海の家は初めてなので、おおよその見当はつくが路地を入ったところだとすぐ見つかるかなあ、と思いながら歩を進めていた。

来未が春海と知り合ったのは、東京の短大だった。
名古屋を出る前日、久ノ浜だったら、春海はどうしているのだろう、と同窓会名簿で調べた番号に会社の昼休みに電話した。偶然にも春海が出た。

生家の魚屋さんを手伝っていて、まだ結婚もしていないという。それじゃあと思い、会社の帰りに春海の好みそうなスウィーツを土産に買った。

春海から聞いた通りの角に行った辺りで左に折れた。すると、聞いたとおりの看板が目に入った。学生時代の春海の笑顔を思い出し、懐かしさで来未の胸が高鳴った。


To Be Continued

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2013/01/12

福島の家

石橋来未は、その日の朝8時に賃貸マンションを出て、名古屋からJR新幹線のぞみで東京に出た。上野から特急で、いわきを通過し久ノ浜駅で下車する予定だった。

東京駅に着いたのが10:23分だった。京浜東北線に乗り換えて上野に行った。
上野発特急スーパーひたちは11時ちょうどだったので、久しぶりに駅ビルでショッピングとも思ったが余裕がなかった。

来未は金曜日の休みをもらい、3日間久ノ浜の家で両親の顔を見て過ごそうと思った。年末年始に帰省した時には、まだその話は決まっていなかった。

それというのは、父の生家が久ノ浜で、家を継いだ長男の伯父は5年前に心臓病で妻に先立たれ、昨年の秋にその伯父が脳動脈瘤破裂で突然他界したことから、来未の両親は会津若松の家を売却して生家に転居したのだった。

「子どもがいれば後を継いだのに」と来未の父は電話で言ってきた。来未の父にしてみれば、生まれた家だし、会津若松の家は中古住宅を購入したもので、兄が工務店の仕事をしていたこともあって、リフォームされた生家の方が見栄えが良かったし、ほかに住みたいという親せきもいなかったからそうなったのだった。


To Be Continued

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