2011/10/23

妻・さなえと春利のいる公団から追い出される格好で家を出た桑田荘太は、10年ほどアパート暮らしをした後、川崎市にある公団分譲の中古物件を20年ローンで購入した。駅に近い方が何かと便利だとは思ったが、長くても3年から5年で職を変えるため高額なローンは無理だった。

名が知れ渡った駅からだと値が張ると思い、桑田としてはあまり耳にしない駅名を選んで探した。

結局、決めたのは小田急線にある駅から15分余り歩く中古団地だった。3DKで700万円だったが、頭金は百万しか用意できなかった。600万を20年ローンで払うわけだが、勤続年数が5年未満の小企業の営業マンで担保物件もない独身者だということで、保証人を付けてくれと不動産会社の担当から言われた。

荘太(そうた)は4人兄弟で、一番上が姉で実母が亡くなった数年後に嫁いでいた。続いて兄が2人いたが、上は定時制高校を出て働いていたが、数年前に心を病んで入院した経験もあり、いくどか転職していたので当時50歳になるところだったが、肩書きのない一般社員だった。
そこで荘太は直ぐ上の兄に頼みにいった。齢は荘太より五つ上で、国立大学の機械工学部を出て、精密機械を扱っている会社で当時課長だった。

月々の支払いが始まってからも、桑田は職を変えた。50歳を超えると、応募しても契約社員しか決まらなくなった。
1年か2年くらいたつと、派遣会社から次の職場の案内をされた。もっと安定したところがないものかと派遣会社を変えてみた。

しかし、結果は同じだった。派遣会社を変える気力もなくなり、とにかく仕事があれば良いと思うようになった。
60でリストラされたときの仕事は、IT関連企業で、コールセンターの電話営業だった。
行く末を気遣った桑田は、契約満了を告げられる数ヶ月前になんとか工面して住宅ローンの残金を一括返済した。


棟の下まで来た桑田は、一階の入口に点いている明かりを見てほっとした。並んでいる郵便受けの一つに手を掛けた。マンション売買やリフォーム会社のチラシ広告が投げ込まれていた。


To Be Continued

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2011/10/17

ベンチの後ろには大きな桜の古木があったが、桜の開花シーズンを過ぎると忘れられた黒い塊としか映らなかった。
そこから5メートルほど車道に沿って続くなだらかな坂の歩道を上がった所に、ここ1年以内に地上1メートルほどの高さのポールに設置された常夜灯があった。

桑田は買い物帰りに管理事務所前を通った折、あれ、いつの間にできたんだろう、と驚いた。事務所前の広場に、ところどころ穴が掘られていることは見ていたが、そのあたりで続いている水道管の取り換え工事の一環くらいに思っていた。

背後から桑田の足元を照らしているのはその明かりだった。
明りの中の小さな黒い点に桑田は最初ぼんやりと視線を向けていたが、やがてかすかに動くそれをはっきりと認識した。

蟻は一匹だけだった。この季節にいったい何をしているのだろう。働き蟻に違いないが、一匹だけでこの時間に。

桑田はその蟻をみつめた。右に行ったり左に行ったり、非常にゆっくりだった。冬籠りのために、今頃えさを探し回っているのだろうか。

桑田はこの蟻に仕組まれているDNAのことを思った。プログラムされた通りに動いている。蟻には孤独という感情がないのだろうか。

桑田は、さびしいひとり暮らしにも慣れていたが、それでも、妻や息子のことを思い涙を流すことがあった。
一匹だけで自らの使命だけを果たすために動き回っている。何の報酬を期待することもなく、やがて訪れる死の瞬間まで、何の疑問も抱かずにそうやって・・。

歩いている間は暖かかった身体も、膝から下が冷えて痺れてきた。
上のほうから下ってくる足音に、桑田は手提げ袋を引き寄せてゆっくりと立ち上がった。手提げ袋にはスーパーから買ってきたその日の夕食と翌朝の食糧が入っていた。

急いで帰っても誰も待っているわけではないが、そうする以外に方法がなかった。食べなければ、体が弱っていくことは本能的に実感された。


To Be Continued

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2011/10/12

桑田荘太は、管理事務所前のベンチに手提げ袋を置きとなりに腰掛けた。1時間あまり歩くと手足の痺れもいくぶんやわらいだ。11月後半とはいえ、背中と額にうっすらと汗をかいていた。ベンチの背後には常緑樹の垣根が続いていたが、見上げると月も星も確認できた。

眼の側へ腕時計を近づけた。天から注がれる光と管理事務所前の常夜灯の明かりでアナログ時計の針が確認できた。6時半になるところだった。

桑田は、昨年春に派遣で働いていたネット関連の会社をリストラされた後、10あまりの会社へ履歴書を送ったが、多くは1週間もたたないうちに不採用通知が返送されてきた。3週間たっても何も言ってこないところもあった。新聞や折込募集を見ると、先に履歴書を送るように書かれていたのでその通りにしたが、送るだけでは駄目だと思い、何度か先に電話してみた。

「60までなんです」電話に出た年配女性の声が返ってきた。1日5時間のアルバイトでも駄目か、と受話器を置きながらつぶやいた。

以来、桑田は応募を止めてしまった。ネット関連の会社でパソコンを開きながら電話営業を3年半やった経験から、家で、インターネットで稼げないだろうかと思った。メールで送られてくる情報商材をいくつか購入した。
書かれているようにやってみたが、1円にもならなかった。

わずかな貯金をきりくずしながらの生活が始まった。半年に1回か2回、アフィリエイトで1万とか2万の収入が出た。アンケートで月千円ほど稼げた。パンと牛乳と野菜中心の生活が続いた。生命保険を解約した。テレビも6年前に壊れて以来ラジオだけの生活だったが、インターネットでニュースが読めるので困らなかった。テレビがないのにNHK受信料が引き落とされていることに気づいた。ハガキを送り、受診契約を解除した。毎日届く新聞もネットで読めることが分かり購読を中止した。

猛暑の夏は陽が落ちかけたころ家を出た。血糖値が上がらないよう、雨が降らない日は1時間あまりウォーキングして、帰りに必要最小限の食物を買った。

ベンチの背で静かに身体をそらして天を仰いだ。メガネの度が合わなくなっていたが、ぼやけてはいても輝く星の光は確認できた。

桑田は、ふと足元に目がいった。歩道の常夜灯の明かりが届いていた。


To Be Continued

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2011/10/03

奇跡

目覚めた時、春利は半ば反射的に置時計に手をやった。不思議な夢を見たような気がするが記憶は遠ざかっていた。と同時に、勤務のことが頭に浮かんだ。

アナログ時計の小さな針が止まっていた。やばい、と携帯電話をつかんで広げた。

画面の左上の小さな数字を見つめたが霞んでいた。しばらくして数字が読めたが、その日は勤労感謝の日で会社は休みだったことを思い出した。

夢のせいだったかもしれない、と思いつつ電気カミソリで髭をそった。パンと牛乳とスーパーで買い置いた野菜サラダですませた。

テレビをつけチャンネルを変えたがすぐ消した。週の半ばで肌寒い日がつづいたので洗濯物もたまっていなかった。

誰かに会いたいと思った。電話よりメールのほうが少し間が持てて良いと思った。

携帯を開くとメールが複数入っていた。迷惑メールの間に見覚えのあるものがあった。

石橋来未からだった。来未とは入社が同期で彼女は短大を卒業して事務職で入社した。春利より2歳年下だったが、同い年か年上にも思えることがあった。

もし予定がないなら、名古屋駅周辺でお茶しないかと言ってきた。朝8時に送信されていた。同期入社ということで、来未とは日頃から気軽に話していた。

来未も賃貸マンションで一人暮らしだし、よければ昼飯を一緒にするのも良いと思い、その旨を記し春利は直ぐに返信した。


To Be Continued

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