2018/07/03

帰還

「父さん、電気カミソリとか歯磨きある?」

「あるよ。トイレにも這っていってるけど、ここへ持ってこようか?」

「立つとまだ目が回る感じがするけど、ちょっと肩をかしてもらえば。
だいぶ治まって来たから」

「そうか。無理しなくていいんだよ」

「うん。でも、少しずつ慣らしていかなくては」

春利は荘太に付き添われて洗面所へ行った。

荘太はすぐにダイニングの椅子をもっていった。

椅子に腰かけた春利は先に歯磨きを始めた。

「父さん、塾の生徒たちにはまだ言ってないよね」

「言ってないよ。以前勤めていた上海で、どうしてもやらなければならないことがあって、
と言ってある。だから、めまいも止まり、授業が出来るようになるまでは、
後輩の先生たちにも言わないでほしいとお願いしてあるから」

「安心した。父さん、これこそカルチャアショックだよ」

「そうだろうな。俺だったらショック死していたかも・・」
髭剃りの音が響く。

「父さん、あの星は、人間が住み続けるには大変だと思う」
顔を拭きながら春利。

「・・・」

「地上では紫外線が強くて、宇宙服を脱げないし。以前連れて行かれた人は、
それで亡くなったらしい」

「以前連れて行かれた人がいた・・」

「そう。地球で言う太陽が二つあるから」

To Be Continued

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2018/06/17

帰還

「父さん、塾の方は・・」
寝た状態でその朝目を開けた春利が荘太に訊いた。

「大丈夫だよ、春利の後輩や早乙女さんのおかげで無事にまわっているよ」

「良かった。もう無事に戻れないかと思っていた」

「どうだい。気分の方は?」

「うん。今日は、目が回る感じがだいぶ治まり、吐き気も止まった」

「そうか。だめだったら、病院へ行くしかないと思っていたが」

「この分だと何とか。僕は、どれくらい寝ていた?」

「戻ってから3日目だよ」

「何か、お粥とか食べられそうかい?」

「うん、少しだけ食べてみようかな」

「そう思って用意してあるよ」
荘太は春利に消毒用のおしぼりを2つ渡し、台所へ行った。

春利は布団の上で上体を起こし、水でいくどもうがいし、
自らスプーンで粥をゆっくりと口に運んだ。

「良かった。半年ぶりだね。応えたくなかったら無理することはないけど、
あの夜、戻った時のこと、憶えているかい?」

「憶えている」

「無理に記憶を手繰り寄せなくていいよ。食べる方も少しずつにして」

「向こうにいるときも乗り物の中でも、人間用の宇宙食みたいなのをもらっていたから・・。
あのとき、バルコニーに降ろされ、窓が閉まっていて入れないかと思ったよ。
目が回り立っているのがやっとだった」

「大変な経験をしたね。無理して一度に話さなくても良いよ」

「うん。父さん、緑茶もらえるかな?」

「OK」

To Be Continued

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2018/06/11

帰還

荘太の腕に、痩せて髭の生えた春利の身体が半ば倒れ込んできた。

「春利、大丈夫か・・」

荘太は春利の身体を引きずってソファまで運んだ。

「春利、い、今着いたのか?」

「そう・・」春利が絞り出すように応えた。

「救急車を呼ぼうか?」

「いや、しばらく休めば・・」

「じゃあ、ベッドへ・・」

「このままで。父さん水を」

荘太が持ってきたコップから、春利は一口、また一口とゆっくり飲むと、
そのまま目を閉じた。

荘太のスマホにラインでメッセージが入ったのは、夜の10時半過ぎだった。

ミナが、春利が戻ったことを知り様子をたずねてきた。

電話よりはこの方が良いと思って、と初めに記されていた。

「入院しなくても良いにせよ、授業はしばらく無理だと思うわ」

「明日、タクシーで私の家に連れて行き休ませようと思う」

「じゃあ、私が教室の方へ行くから、お父さまは塾に戻らないで春利さんを」

「ありがとうございます。じゃあ、そうさせていただきます」

To Be Continued

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2018/06/01

帰還

その日は祝日だったため、夕方からの中学生の授業は生徒たちの希望を入れ、
午後の早い時間で終了した。

生徒や講師が帰った後、荘太は近くのスーパーで買い物をして来た。

夕食は手間がかからない暖かいうどんで済まそうと思った。

いつもだと食後に風呂に入ったが、その日は先に風呂に入った。

野菜を多めに入れ、玉子と牡蠣を加えた。
うどんにするときは、味噌と酢で味付けした。

片づけを終え、ソファでテレビニュースを観ているうちに、荘太はいつの間にか眠りにおちた。
次のドラマが始まり、サイレン音で半ば目覚めた荘太は、リモコンの電源ボタンを切った。

どれくらい眠り込んでいただろうか。

コンコン・・

窓ガラスがノックされる音を遠くの方で聞いていたが、目を開けて立ち上がった。

カーテンの端を少しめくり、そこに何かの気配を感じた。

窓越しにかすかな人の声を聞き、思い切ってカーテンを開けた。

目と目が合った。頬が痩せ、立っているのがやっとの感じに見えた。

ガラスの向こうに立っているのは、間違いなく春利だった。

荘太は震える手でロックを解除した。

室内からの光が春利の全身を照らし出した。

「は、はるとし・・」

To Be Continued

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2018/05/22

父子の絆

「でも、地球に戻って来ても、すぐには授業は出来ないと思います」

「そうですね。頭や体がちゃんとしていてくれるといいけれど」

「その辺が一番気がかりですね。私は、彼らのテクノロジーを信じたいですね」

「何星か分からないけど、半年もの間、ずっと宇宙服みたいなのを着ていたんでしょうか?」

「私には、月に一度くらいしか映像が見えてこなかったけれど、春利さん、いつもそうしたものを着ていました」

「そうでしたか。じゃあ、何か地球人用の食事をもらって生き延びているんですね」

「だと思います。彼らは、以前から地球に来ていて、人間の食べ物のことも研究していたんだと」

「それは、すごいことですね。人間は、ほかの星からやって来た知的生命体の食事もですが、
彼らが何によってエネルギーを摂っているか、それよりなにより、
どのような種類の知的生命体が地球に来ているかさえも分からないんですから」

「ほんとうに、太古の昔から、いえ、地球が出来てから、人間より先にどれくらいの知的生命が
この地球に来ていたかも、ほんの少ししか分かっていないですね」

「それに、早乙女さん、ふだん人間の目には見えないけれど、地球の地下にも、住んでいるんでしょう?」

「そうですね。人の目に見える範囲は限られていますから。それに、別の空間とか言われたら、
ほとんど分からないですから」

「でも、早乙女さんのように、何光年も離れた世界が見える人もいるんですね」

「お父さま。夏期講習が終わって、4、5日塾の休みがありますよね。
次の授業が始まる前に一度そちらにおじゃまして、
春利さんが戻ってからのことをお話ししておきたいと思いますが。一両日中に・・」

「ありがとうございます。私は月に数回は川崎の自宅に戻りますが、
ほとんど春利のこの塾にいますから」

「了解です。いったん切りますが、電話にお出にならないときはメールを入れますので」

「あっ、はい。よろしくおねがいします。ほんとうに助かります」

To Be Continued

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